ドイツ人ストリートミュージシャンと結婚しました。

ドイツ在住6年、29歳。2015年に8年付き合ったドイツ人スリートミュージシャンと結婚しました。ヒッピーな旦那のライフスタイルについていくため、日々奮闘中。2017年4月、ハンブルクからハルツ山地というドイツの田舎に引っ越しました。

壮絶な脱ステを乗り越えた私のアトピー論【その2】私の脱ステ体験記

物心ついたころからアトピー持ちでした。

 

そして

皮膚科に言われるがままにステロイドを使い続けて数十年。

 

今回は

私が経験した壮絶な脱ステ(脱ステロイド)の体験について書きます。

 

 

脱ステ中の肌状態に関しての描写、また脱ステ中の写真などを載せています。

はっきり言って気持ち悪いです。

苦手な方はここで記事をそっ閉じてください。

お願いします。

 

前回の記事はこちらから

【その1】脱ステに至るまでのアトピー遍歴↓

 

※この記事は、脱ステを勧めるものではありません。

あくまでも私の体験を書いています。 

脱ステを考えている方は、ちょっと待って。

脱ステは、想像以上に辛いです。

 

初めての海外生活

大学3年生、21歳の時に

1年間ニュージーランドに留学しました。

 

その時には毎日ステロイドを使うことが当たり前になっていたので

留学にももちろんステロイドは持っていきました。

 

皮膚科に相談して、いつもより多めに薬をもらいましたが

消費期限というものがあるらしく、半年分ぐらいしかもらえませんでした。

 

「まぁ、お母さんに送ってもらえばいっか。」

 

特に深く考えずに、ニュージーランドへ旅立ちました。

 

半年後

ニュージーランドでも相変わらず毎日ステロイドを使っていたので

肌の調子は絶好調でした。

 

そして約半年後

持ってきたステロイドが底をつきそうになりました。

 

「あ、そろそろ薬なくなりそうだな。」

 

「日本から送ってもらうのも大変だし、まあもう使わなくていっか。

 

ステロイドを使ってたから毎日キレイだった私の肌。

ステロイドを塗りたくった下の

自分の本当の肌の状態をすっかり忘れていました。

 

何も考えずに

ある日突然、ステロイドを使うのを止めました。

 

突然の全身発疹

朝起きたら、体中があつい。

顔がほてる。

 

顔に手を持っていくと

顔がすごくボコボコしてる。

 

びっくりして跳ね起きて鏡を見ると

そこには自分じゃない人が写っていました。

 

良く言って、90歳のおばあちゃん。

悪く言って、ゾンビ。

 

全身の皮膚が赤い発疹でただれ、腫れていました。

赤いまだら模様の発疹が体全体に出来て、発疹同士が繋がっていました。

 

何が起こったのかわからず、その日は学校を休んで1日中ネットにかじりつきました。

 

分かったことは

これはどうやら脱ステというものをした時に起こるもので

ステロイドの離脱症状と呼ばれるものだという事が分かりました。

 

ステロイドの離脱症状

知らなかった。

ステロイドを急に止めてはいけないんだ。

 

ステロイドの副作用のことも

脱ステロイドのことも

この時初めて知りました。

 

いたい。体中がいたい。

 

だるい。全身の倦怠感がすごい。

 

これは一体何?

 

わからない

 

こわい

 

旦那の反応

その時一緒に住んでいた今の旦那も、すごく驚いていました。

 

旦那はステロイドの副作用について知識があったらしく

今後のステロイドの服用を強く止められました。

 

というか、ステロイドはもう効きませんでした。

 

痛くて、辛くて泣きながら残ったステロイドを塗ってみましたが

焼け石に水でした。

 

日に日に酷くなる皮膚の症状

全身真っ赤にただれ、ガサガサ、ボコボコ。

 

その皮膚が乾燥したり、液を出したりを繰り返しました。

 

なぜかは分かりませんが

ステロイドを止めたことにより

ステロイドを塗っていなかった所にもすべて発疹が出ました。

 

黒い服が着られなくなった

黒い服を着ると

服の裏側が全部まっ白になりました。

 

乾燥した皮膚が服にびっしりとはりついていました。

 

黒は避け、なるべく皮膚の粉が目立たない色の服を着て

着終わったら毎回庭ではたいていました。

 

毎朝ベットが粉まみれになった

ベットや布団、枕も

朝起きるたびに自分の皮膚の粉にまみれていました。

 

ベットカバーも、色の濃いものを使うと翌朝には白くなっていました。

 

朝起きるたびに掃除機をかけ

枕ははたいていました。

 

頭皮が剥けだした

ステロイドなんか塗ったことない(というか塗れない)頭皮まで粉となって落ちてきました。

 

髪の毛に付くとフケのように見えて辛かった。

そして痒くて、少し引っ掻くだけでも浸出液が染み出してきました。

 

目が開かなくなった

目が上も下も真っ赤に腫れ、視界が異様に狭くなりました。

 

また、朝起きると目が開かなくなりました。

 

腫れた瞼から透明な浸出液が出て、上と下の目をくっつけてしまうので

朝起きるときは無理やり固まった浸出液を剥がさなくてはいけませんでした。

 

バリバリと、音がしました。

 

口が少ししか開かなくなった

口の周りにも発疹ができて乾燥しひび割れ、口を開けると切れて痛かったです。

 

また顔中に発疹があったため顔の筋肉を動かすことができなくなり、笑うことも出来なくなりました。

 

関節を曲げられなくなった

腕・足の関節を曲げると

関節の内側にできた発疹が服に擦れて痛かった。

 

極力腕や足を曲げないように生活していました。

 

また、手の指の関節を曲げると乾燥した発疹が裂けて、浸出液を出しました。

手もなるべく曲げないようにしていました。

 

体がだるかった

とにかく体がだるかった。

 

上記の症状で体がうまく動かせない上に

体中の発疹が熱を発してほてっていました。

 

心がボロボロになった 

留学中の身だったので、それでも頑張って学校だけには通っていましたが

クラスメイトも先生も、私の変わり果てた姿にびっくり。

 

こんなゾンビのような私にも

みんなやさしく接してくれるのが嬉しくて、そして辛かった。

 

いつまで続くのか。

いつになったら解放されるのか。

私はこれからずっとこんなゾンビのような姿のままなのか。

 

辛くて悲しくて毎日泣いていました。

 

朝起きるのが恐くて、辛くて

出来ることなら一日中ベットの中に身を隠していたかった。

 

救い

唯一救いだったのは一緒に住んでいた今の旦那でした。

 

旦那は東洋医学に精通していて

指圧や、さまざまな食事療法を試みてくれました。

 

ステロイドに裏切られた私の、唯一の望みでした。

 

 

そして何よりも私を強く支えてくれたのが 

こんな真っ赤に腫れあがったゾンビのような私にも、普通に接してくれたこと。

 

頑張れと励ましてくれたわけでもないし

逆にメソメソ泣いてると超怒られたんですが

 

それでも私が普通の人間であるかのように

以前と同じように接してくれました。

 

こんなに醜いのに。

 

食事を作ることも頼まれたし

変な話ですが、夜の生活も特に変わらず続けられました。

 

こんなにも醜いのに。

 

とにかく体を動かすこと自体が辛く、どちらも割と辛かったは辛かったんですが

こんな見た目の私にも幻滅せずに一緒にいてくれたことがとても嬉しかった。

 

徐々に、徐々に良くなってきた

一番悪い状態が3か月ほど続いて、徐々に容態が好転していきました。

本当に少しずつ、少しずつですが。

 

体のほてり・だるさが減っていき

体から出る粉の量が減っていき

体から出る浸出液が減ってき

体の赤みが減っていき

体の発疹が減っていき

 

皮膚がうろこのように剥がれて落ちることを「落屑」と言います。

 

脱ステ当初の落屑はとても大きかったのですが

徐々に小さな粉に変わっていきました。

 

以下は脱ステ3か月頃に撮った写真です。

 

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ふう、、、

久しぶりに見返してみると、結構へこみます。

 

発疹や赤みがかなり酷いですが

これでもだいぶマシになった時の写真です。

 

落屑や、浸出液が出ることも減りましたが

皮膚が象のようになっていました。

 

とにかく

この頃には写真を撮る位の余裕は生まれていました。

 

現在の状態

現在。28歳。

脱ステの辛い経験から既に7年経ちます。

 

現在、見た目は普通の人と特に変わりません。

(日に焼けて黒いですが、それは別にアトピーとは関係ありません。ヒッピーでアウトドアな旦那のせいです。)

 

昔から頑固だったにはまだアトピーが残っていますが

これもコントロールできる範囲に収まっています。

 

以下は現在の状態です。

 

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腕をはじめ、体中のアトピーはきれいになくなりました。

手にはまだ若干残っていますが、上の写真に比べると雲泥の差です。

 

普通の人と同じような見た目に戻った、と思えたのは

脱ステしてから2年後ぐらいのことでした。

 

回復がすごくゆっくりなペース

「本当に良くなってきているのか?」

と、当時はよく不安になっていましたが

どうやら私の体が少しずつ頑張ってくれていたようです。

 

本当に、長かった。

 

次につづきます

長い話を読んでくださって、ありがとうございます。

 

次の記事では

脱ステをすることによって気が付いた、私のアトピー論

そしてアトピーを治すために実際におこなったこと(おこなっていること)について書きたいと思います。

 

おわり!

 

 

次の記事はこちらから

【その3】脱ステ後のアトピー論と、おこなってきた治療法↓